これまで、万年筆の魅力について語ってきたけれど、本当に私が伝えたかったのは、「手で文字を書くことの楽しさ」そのものだ。いまさら何を、と思うかもしれないが、ペンを握って手書きする中で気づいた、その奥深い楽しさについて改めて語りたい。
手書きをすることは「ことのほか楽しい」

近年、PCに向かってキーボードをカチャカチャ叩いて文字を入力することが増え、手書きをする機会は極端に減っていた。
しかし、2025年の初めに十数年来の念願だった万年筆を手に入れると、無性に文字を書いてみたくなり、モーニングページを始めた。モーニングページとは何か、という方はこちらの記事を見ていただくとして、書き始めてしばらくすると、頭の中のモヤモヤが整理されていく感覚があったり、心の奥底に隠していた自分の考えや気持ち、あまり認めたくはないけれど認めざるを得ない自分自身の弱さなどに改めて気づいたりした。でもそれは意外にもそれほど嫌な感覚ではなく、むしろ素直に受け入れられた。
モーニングページは新たな発見だったが、同時に手書きすることがことのほか楽しいということにも気づいた。
「あれ、手で文字を書くってこんなに楽しかったかな?」という感覚だ。
それ以降、仕事のアイデアメモもPCから手書きにし、仕事の日報を始め、もっと長く文字を書きたいと思ってジャーナリングも始めた。なんとなくではあるが、毎日に張り合いが出たような気がする。
手書きがなぜ楽しいのかを探ってみたら
文字なんて子どもの頃から書いている、なんてことのない行為だと思っていたのに、なぜこれほど楽しく感じるのか、先日ふと疑問に思った。
そこで、その答えを考えてみることにしたのだが、その前に、ちょっと気になることもあった。それは、どんな筆記具でも手書きは楽しく感じられるのか、ということだ。
なぜかというと、これまで仕事ではメモや打ち合わせの際にずっとボールペンを使ってきたが、その時は楽しいと感じたことがなかったからだ。つまり、万年筆だから文字を書くことが楽しく感じられるのではないか、もしくはモーニングページやジャーナリングのように長い文字を手書きするから楽しいのではないか、という仮説が浮かび上がってきたわけだ。(なんだか研究者みたいだ)
そこで、試しに万年筆のほかに、シャープペンや仕事で使っているお気に入りのボールペンの3種の筆記具を使って、モーニングページやジャーナリングなどで書き比べをしてみた。
果たして、書いていて楽しいと感じたのは、やはり万年筆だった。他はそれほどでもなかった。
つまり、万年筆で手書きをすることが格別楽しいというわけだ。
そうなるとさらなる疑問が出てくる。それは、なぜ万年筆で文字を書くと楽しいのか? である。
今度は、その理由を深く掘り下げてみることにした。
万年筆で文字を書くと楽しいのはなぜか?

改めて考えたら、いくつか思い当たることが出てきた。
<万年筆で文字を書くと楽しい理由1>
■PCより手書きをした方が頭の中が整理しやすい
PCだと、いろいろと考えていることを頭の中で整理してから入力するが、手書きの場合は、頭の中にある考えをまず書き出し、その上で考え、整理することができるため、まとめやすいのではないだろうか。少し賢そうに言うと、**「思考の外部化」**として断片的なアイデアや漠然とした思考をノートに書き出し、ビジュアル化する。次に「俯瞰」して「再構成」し、思考の速度に合わせて調整できる、という具合だ。
<万年筆で文字を書くと楽しい理由2>
■近年「書く」という行為が減少し特別な感じがする
デジタルデバイスが普及し、手書きの機会が極端に減った現代において、ペンと紙に向き合う時間は、まるで時間を巻き戻したかのような特別な行為に感じられるのではないか。便利さの追求とは異なる、五感に訴えかけるアナログな体験が、新鮮な喜びであり、楽しさとなっているのかもしれない。
<万年筆で文字を書くと楽しい理由3>
■五感を刺激する
豊富なインクの色や紙に書かれた文字の濃淡、かすれ具合など、視覚的にも美しく感じられることや、ペン先が紙に触れる微かな「カリカリ」「サリサリ」という音とともに、筆圧をほとんど必要としない独特の書き心地など、五感を刺激する要素が書く行為を楽しくしている。
万年筆で文字を書くと楽しい理由4>
■所有する喜びがある
視覚的な美しさに満足感がある。万年筆本体のデザインは多種多様で、その優雅さや精巧さに魅了される。
今回、新たに思い当たることが出てきたが、理由1の「思考の整理」は確かに効果的だが、それは結果であり、「楽しさ」に直結する根本的な理由ではないような気がするし、理由4も同様で、所有する喜びが書き心地に直結するとは思えない。
ただ、理由3の「五感を刺激する」という理由はあながち間違っていないような気がする。
万年筆の書き心地でよく表現される「ヌラヌラ」な書き心地は特に感じないのだが、ペン先が紙を擦る「サリサリ」「サラサラ」といった感触の書き心地はなんとも心地よく、いつまでも書き続けたくなる。
また、理由2の「特別感」ももしかしたらそうかもしれない、という感じがする。「書く」という行為は近年減少しているため、新たな楽しさにつながっているのかもしれない。
前者は、例えて言うなら、物を梱包する時などに使う通称プチプチ(気泡緩衝材)を潰しているような感覚。言いようのない快感があるが、万年筆で文字を手書きする楽しさというのは、まさにあのような形で五感を刺激する感覚なのかもしれないと思うのだ。そして、後者は、久しぶりに虫取りをしたら「久しぶりに楽しいじゃない!」という感覚に似ているかもしれない。
…分かりにくいだろうか? 簡単に言えば、新鮮な喜びとなっているということなのだろう。
まとめ。「万年筆で文字を書く楽しさ」をぜひあなたも

文字を手書きする楽しさについて考察するつもりだったが、奇しくも、万年筆で文字を書く行為が楽しいのだ、ということが分かった。
まとめてみると、
自分の字が美しく見える感覚や、ペン先が紙を滑る際に生まれる「サリサリ」「サラサラ」という心地よい感触など、五感を刺激する感覚とともに、ちょっと前だったらごく当たり前のアナログな行為も、デジタルが主流となった現代においては、新たな喜びになっているのだろう。
この記事を読まれて、
「そういえば、手書きすることないなぁ」とか、
「へぇ〜手書きって楽しいんだ?」と思った方がいらっしゃいましたら、ぜひ、手書きを始めてみてほしい。筆記具はボールペンでもシャープペンでも鉛筆だって構わない。
私は万年筆で書くことが楽しいが、手書きすること自体、シンプルに楽しいからだ。
そして、機会があれば、ぜひ万年筆も試してみてほしい。きっと手書きがより楽しく感じられるはずだ。