万年筆の魅力をシンプルに考えたら、ひとつの感覚に行き着いた
万年筆の魅力を語る言葉は、世の中にあふれにあふれている。
曰く、
「軽い筆圧で書ける」
「文字に情緒的な濃淡が宿る」
「使い込むほどにペン先が自分に馴染む (育てる楽しさ)」
「インクの豊かな色彩」
「滑らかな書き心地」
「デザイン」……。
どれも正解だ。確かにこれらは抗いがたい魅力である。
しかし、私の中にはずっと、これらの言葉だけでは埋めきれない「最後の一片(ラストピース)」が残っていた。
万年筆を握り、文字を一文字一文字書いている瞬間、瞬間に訪れる、心と指先を支配しているような「理屈抜きの楽しさ」。あの正体ははたして何なのか、なんと表現すればいいのか。
滑らかな書き心地だから?
インクの濃淡が素敵だから?
この言葉では表現しきれていない何かがあることだけは感じているが、それがなんなのか、わからないでいた。しかし、自問自答を繰り返す中で、ある日、不意に一つの答えに突き当たった。
万年筆で文字を書いている時に感じる感覚、それは、あの梱包材の「プチプチ」を潰している時の感覚と同じではないか。
万年筆とプチプチは共通点だらけである
「そんなバカな!」
万年筆愛好家からは怒られるかもしれない。いや、きっと怒られるだろう。数万円、モノによっては数十万、数百万円もする芸術品と、使い捨ての緩衝材を一緒にするな、と。
だが、一度そう思ってしまうと、指先が覚えているあの快感を無視することはできなくなった。
気になって調べてみると、驚いたことにたくさんの共通点とともに、脳科学的な裏付けのようなものすら見えてきた。
共通点1:「適度な摩擦」という触覚刺激
チプチを潰す際、ビニールが破れる直前にわずかな抵抗がある。あの「押し返す力」が、破裂した瞬間に言いようのない解放感となり、さらにそれを際立たせている。
万年筆も同じだ。ボールペンのようにただ滑る訳ではなく、ペン先が紙の繊維を撫でる、あの僅かな摩擦感があり、ペン先が紙から離れる瞬間に、やはり一瞬の解放感を感じる。
共通点2:「リズム」が生むトランス状態
プチプチを全滅させるまで止められない、あの「やめられない、止まらない」感覚は、万年筆で文字を綴ると感じられる、紙とのわずかな摩擦と解放により奏でられるリズムに身を任せているのと同様である。人間は一定のリズムで指先を動かすと、脳内に幸せホルモンであるセロトニンが分泌されるというが、いつの間にかノートの余白が埋まっていくあの心地よい中毒性は、まさに「プチプチ」と同じフロー状態なのである。
共通点3:「不可逆的な変化」の快感
膨らんでいた粒がなくなり平らになる。白い紙にインクが吸い込まれ、定着する。もう元には戻らないこの進行した変化は、極めて分かりやすい「達成感」だろう。
プチプチが「破壊」の達成感なら、万年筆は「創造」の達成感である。
まとめとして。万年筆の魅力を私はこう答えるのだ
全ての万年筆に言えることではないかもしれないし、厳密に言えば、万年筆の魅力ではなく、万年筆で文字を書くことの魅力である。さらに言えば、好みの問題もあるとは思う。
ただ、万年筆という筆記具特有の魅力のひとつとして、私が万年筆で文字を書くことにとてつもない充足感を覚えていたのは、ペン先が紙と触れ、紙から離れる、ごく僅かな摩擦感と解放感が繰り返されるその一瞬一瞬に、心と指先と脳が「知的でクリエイティブなプチプチ」としての快感を見出していたからだ。
最後のピースがようやく見つかった今、私なりの万年筆についての魅力に整理がついた。
今後、もし誰かに万年筆の魅力を勧める機会があったら、もうごちゃごちゃ語ることはやめようと思う。
「万年筆って何がいいの?」
そう聞かれたら、私は最高の笑顔で、こう答えるつもりだ。
「万年筆はね、書くことがとても楽しいんだ。それはね、知的なプチプチなんだよ」と。




